CHIBA SUBARU

東金店スタッフブログ

2018年2月14日

金門島 風獅爺と戦地の旅  最終話   

こんにちは

金門島戦地の旅のご紹介も今回が最終回になりました。ここまでご覧いただきまして有難うございます。

 

金門島滞在最終日です。

集合30分前、運転席の窓から大きく手を振り通り過ぎて行った黄さんは集合の前に一仕事終えて戻ってきました。

夕方の便で台北に戻るのでマイナーな観光地中心に回ってくれるそうです。

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厦門への渡船場に程近い「将軍泉」
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そして海産品が有名ですので「金門水産試験場」

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金門ではこの石の杭に牡蠣をつけて養殖しているそうで、ある程度の大きさになったらヘラでこそげ取る方法です。一つ一つの大きさは小粒ですので牡蠣嫌いな方もあさり感覚で食べられます。
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北上して「古寧頭」へ
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この古寧頭が金門島一番の激戦地で中国が台湾を攻め入ったのですが反撃して全土掌握する機会を逸した場所です。

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この図をみると八方塞なような気もしますが・・・。よく勝ったなぁと。

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その後また近くにある大型のトーチカへ行ったりしましたが一風変わった建物が海に向かって建っていました。
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「北山播音檣所」です。中国に向かってプロパガンダ放送を流していた施設です。古寧の海の突端にありその傍らにはポツンと碑が・・・。
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地雷の被害にあった方の慰霊碑だそうです。今はわかりませんが昔はこのあたりは地雷原だったそうで戦争が終わってからも犠牲になる方が絶えなかったようです。

タクシーは金門島の真ん中に」あたる「瓊林の部落」へ。ここで有名なのは1976年につくられた「瓊林地下坑道」です。
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出入り口はこの事務所を中心に12箇所に通じていて瓊林村の軍事的防衛拠点として使われていたのです。
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この写真にも見えるように地下の事務室には井戸も設置されており篭城する事も出来ます。
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地下道はあえて屈曲していてその部分には弾薬庫や射撃穴、会議室等が設置されています。
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当時は島民は男女関係無く皆兵で常日頃こうした訓練がされていたようです。
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1976年完成ですから私も4歳になっています。私と同年代の方は戦火と共に少年期を過ごしてきたのかと思うとなんとも複雑な心境です。
地下道を進んだ先の公園に出口が繋がっていました。
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出た先には
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風獅爺です。こちらは色彩は地味ですが逆に重厚感が感じられます。

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壁がお洒落な民家。
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素朴で味のある田舎の風情がたまりません。

車は集落から畑をぬけて走ります。

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畑と言っても砂地のような土地ですから育てられるものは限られています。一部日本からの品種改良された種で野菜も作られていますがまだまだだそうです。
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久しぶりに見る台湾バナナ
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空港近くの製陶所
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「陳景蘭洋楼」
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三日間の金門島の旅はこれをもって締めくくり台北へと戻りました。

美しく長閑な閩南文化の建築や金門独特の風獅爺と食べ物。反面戦地としての緊張感。2年前に厦門から「金門島」という台湾の小島があることを知って以来いつかは訪れてみたいところの筆頭でした。

台湾の魅力はなんといっても「人」です。今まで一度も一瞬たりとも嫌な思いをしたことが無く、皆親切でシャイな人が多く何度も訪れたくなります。

今年の夏は台湾の沖縄といわれる「澎湖島」もしくは台湾のギリシャとも言われる「馬祖諸島」へ行こうかと思っています。

台湾でのメジャー観光地に飽きた方、金門島は是非ぜひお勧めですので勇気を持って訪れてみてはいかがでしょうか?

 

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